創業の経緯-History-

"フスフレーゲ"との運命の出会い

私が「フスフレーゲ(フットケア)」に初めて出会ったのは1991年、オランダに留学中の時でした。友人宅で偶然に出会ったフスフレーゲ。そのとき目にした自宅でフットケアを受けている光景はとても不思議なものでした。
当時の日本は、ネイルサロンも珍しい時代。足のお手入れを専門にするサロンは全く知られていませんでした。日本とは違い、足の爪や踵のことにまで気を使える生活様式の違いにとても驚き、感心したものです。
貧乏学生だった当時の私にはフスフレーゲを受ける余裕がなく、残念ながら体験することは出来ませんでした。

国境を越えてドイツのフスフレーゲサロンへ

卒業後、縁あってオランダの地に戻り、働き始めました。最初の給料が出ると、国境を渡り真っ先にドイツのフスフレーゲを受けに行きました。フスフレーゲの発音がとても難しく、サロンを探すのにとても苦労したのは今となってはいい思い出です。ドイツでは美容院に髪を切りに行くことと同じ感覚で、フスフレーゲサロンに通い、足をケアしています。そして、この光景は健康食品店や化粧品店のブース、健康靴屋さんなど生活の身近なところで出会えます。

念願の"フスフレーゲ"を体験!!
私の足が、人生が、変わった瞬間

フスフレーガーの約8割は女性で、50歳以上になっても続けている方がほとんどです。初体験のフスフレーゲを施術してくれたのも50代の女性でした。おろし立ての真っ白の白衣に、真っ赤なマニキュアをしたフスフレーガーが泡いっぱいの石鹸で丁寧に足を洗い、足爪を丁寧にハサミでカットし、角質を取ってくれて…。そして起き上がってみた時の足のふっくら感。短時間での私の足の裏の激変にはとにかく驚いた…!! 「私もフスフレーゲを学んでみたい!!」と思った瞬間です。当時の価格で25ドイツマルク(約2500円)。今思うと約2500円で私の人生が変わった気がします。

ドイツ人フスフレーガーの元での修行。
そして、開業。

その後、ドイツ人のフスフレーガーに師事し、基礎理論から姿勢、足の持ち方、マシンの使用方法まで勉強。先生にとっても最年少の生徒だっただけに、とても丁寧に指導して頂いたことを感謝しています。
帰国後は、他サロンでもさらに技術を磨き、独立。1998年11月に女性専用ドイツ式フットケアサロン「フットブルー」をオープンしました。
一人でマンションの一室から始めたサロンでしたが、お陰様で、今ではたくさんのお客様、スタッフに恵まれ、都内と横浜に合計5店舗(2022年3月現在)へと拡張、今に至ります。

施術させて頂けることに感謝を忘れずに

これまで続けられたのは、短時間で激変する足を見てお客様からの「ありがとう」の言葉を直接頂くことが出来たからです。練習と努力、仕事の成果がその場で実感できる!これがフスフレーゲという仕事の最大の楽しさです。
結婚・出産を経て、一時期は施術をする機会も少なくなりましたが、サロンで再びお客様に施術をさせて頂けるようになったとき、やっぱりこの仕事を続けていて良かったなと感じました。
そして、改めて「仕事を続けていける楽しさ」「人とのつながり」「思いやりと感謝の気持ち」「目標をもつこと」「時間の大切さ」などを学びました。

将来性のあるフットケアの仕事

フスフレーゲは日本に上陸して約30年ですが、これからが発展の仕事だと思っています。当社では、教育には多大な力を入れ、技術の技術の均一化、向上、職業としての地位の確立を目指し、社内資格制度も整備。現在フットブルーでは、厳しい資格認定試験をパスした「ペディリスト®」=「足の専門家(※商標登録済み)」が施術を行っています。
これから何かにチャレンジしたいと思っている方、人のお役に立ちたいと思っている方。
当社で、一生の財産となる技術を手に入れ、人々の健康と美容のために、足をケアすることの大切さを一緒に広めていきませんか?

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